<芳村思風 感性論哲学ホームページ>
芳村思風・感性論哲学の世界
「この命、何のために使うか」
感性論哲学は、30数年前に哲学者・芳村思風が確立した
「感性」を原理とする
独創的な哲学です。

思風塾は、感性論哲学を学び、仕事や生活に活かすための
全国の勉強会です。
ぜひライブで講演を聞いてみてください。
 


感性論哲学との出会い

              
思風塾全国会 第2代会長  藤井 悦子

私と感性論哲学との出会いは、身内が起こした人身事故から引き寄せらた
奇妙な縁から始まりました。

たまたま、その事故現場に出くわした私の同級生が、その対応をしてくれたのです。
どしゃ降りで見通しの悪い雨の中を、車から降りてすぐに救急車を呼んでくれたり、
事故で混み合う現場の処置など、懸命に救おうとするその姿勢に、
私に何かを伝えてくれました。

20年ぶりに会った友人の、その意気揚々とした存在感に、私は大変興味を持ったのです。
そして、「これを読んで人生観が変わった。」と、差し出されたのが一冊の感性論哲学。

友人が事故を救ってくれたいきさつから、あらためて、
友人をそうさせたものは一体何なのか?
私は、何かに引きつけられる思いで読み始めていきました。

感じ方を変えるだけで、人間って何て楽に生きられるのだろう。

嫌いな人にも好きになれる、そんな愛を感じる哲学に友人のことも共鳴でき、
私も心動かされていきました。

そんな折、その友人から滋賀思風塾が開設されるという話を聞きつけ、
それは大変うれしくて、
「感性の活字の世界から、実際、言葉で聞く感性の世界とは、
いったいどんなものなのだろうか・・・?」
と、わくわくした気持ちで参加したものでした。

初めて、飛び出す絵本に遭遇した感動とでも言いましょうか、
その感動にどんどん吸収され、引きつけられていく感性論哲学に、
自らが積極的に関わっていきました。
 

ところが、その半年後にガンの告知を受けることになってしまったのです。

何がどうなっているのか・・・、言葉にならない挫折感。

この現実を決して認めたくないという自分との葛藤。

どうしようもなく打ちひしがれた私は、なぜか無意識に感性論哲学を手にしていたのです。

何度も何度もページを開く日々・・・、まるで何かを思い出したかのように・・・。

おそらく藁をも掴む思いだったのでしょう。
きっと、感性論哲学に生きるヒントがある筈だと必死に捜し求めるかのように、無我夢中で
読み続けていきました。
再度読み返していく中で、この心の叫びが、感性論哲学によって川の流れのように消え、
緊張感がひとつづつときほぐされていく様に、健やかな気持ちに包まれていくんです。

がん告知によってできた自分の心の塊が、この自然の摂理によって説かれている感性論哲学に、
自然に水面下され浄化していかの如く・・・。

こうした心の浄化によって、命の痛みが解きほぐされ、また新鮮な心が満たされていくという味わい
を感じると共に、正に感性と命は同じなのだということが、手術を終えた私には、
身にしみるほどの体感を覚えていったのです。

退院の当日、5年生存率が30%未満であると医者から告知されました。

「たった30%・・・」と言った私に、先生が、「30%もあるんですよ。」と言われたときに、
「そっか、30%もあるんだ・・・よかった。」と素直に喜べました。

それよりも無事に退院できた喜びの方が大きくて、私はすべてを受け入れ、
決して落ち込むことはなかったのです。

そういった自分があるのも、家族や周りの人達の支えがあったからこそだと、
本当に感謝の気持ちで一杯でした。
このように感じられるようになったのも、あるご縁から感性論哲学を学ばせてもらったことが、
大きく影響しているのだと思わざるを得ないのです。

がん告知から丸3年。それからというもの、度重なる転移と手術がいまだ尚進行中・・・。
なぜ、私がガンになったのか・・・?
「自然に反する生き方をすると病を起こす。」と記されていた通り、
私は、自己中心的な考えで生きてきたのではないだろうか?
知らずして、人に迷惑をかけてきてのではないか?と、
深く物事を考えなかった私は、感性論哲学と、がんとの出会いが、
内なる自分を見つめていけるチャンスを与えてくれたのだと
確信していけるようになっていきました。

何度も転移し、手術を繰り返す中で、人という字に切り刻まれたお腹の傷跡を見て、
「私は、人への感謝の気持ちが足らないのではないか・・・。」
「なぜ、私は生かされているのか?
この与えられた命を、私は人のためにどう生かせばいいのか?」
と自問自答し続けるようになっていきました。

そういった気づきが、今の私にとって、さらなる大きな生きるエネルギーとして
生かされていることに、だんだんと気づいていったのです。

がんを通じて、自分自身が感じてきたことを、感性論哲学から与えられた、
数多くの気づきを、より多くの人達に、私でしか伝えられないものがあるのではないか。
ということに気づき始めたのです。

そこにたどり着いたのが、2005年滋賀で開催させていただいた
村上和雄先生・芳村思風先生・行徳哲男先生の
「サムシンググレートは語るシンポジウム」でした。

「大いなる宇宙によって、人間は生かされている。その生かされている中で、
人間らしい生き方をしていくことこそが、与えられた命にとって
最も必要なものであるのではないか、
それを伝えていくことが、自分の命に課せられた使命ではないか。」
と自分自身の命の奥から伝えたい何かが沸き起こったのです。

シンポジウムの開催に至るまでの、精神的葛藤と、何度もの手術の肉体的葛藤を経て、
命の底から燃え叫ぶ自分の存在がありました。
この期間と言うものは、私の人生の中で大変辛くも苦しくもありました。
何度もの手術よりも辛かったと言っても過言ではありません。
命がけとは正にこのことだなと、今となっては微笑ましい思い出のようにも思えます。

おそらくこの期間を乗り越えたからこそ、今の自分があるのではないか?
私の人生を最も大きくうねらせた激動なる日々でありました。

こうして、感性論哲学の世界で生かされていることを実感している私は、
この上ない幸せをかみ締めております。

創始者であります思風先生はじめ、支えて下さった多くの皆様には、
感謝してやまない日々を送っている、何とも言えない気持ちで一杯です。

「がん」が私に伝えてくれたもの、それは、正に、
感性論哲学への導きだったのかもしれません。

「この命、何のために使うか!」このことの意味と価値を、問い続けること。

このことが感性論哲学の本質であり、この中にこそ、
私の求める答えがあるのではないでしょうか?

感性論哲学の「生きるとは」の詩は、私にとって命の底から震え立つものでもあります。
すべてを命の底から感じられるようになった私は、最高の人生が歩める気がしてなりません。
この何年か残された命を通して、人間らしくも美しくも燃え尽きる人生を送りたいと
願わずにはいられません。 


~故藤井悦子さんの手記より~


2009年1月、残念ながら藤井悦子さんは、お亡くなりになられました。

2003年に感性論哲学と出会い、滋賀思風塾に参加。
2005年から、滋賀思風塾の代表、第2代の全国会の会長に就任。

同年6月、転移のため7度目の手術を受けながら、
「サムシンググレートは語るシンポジウム」滋賀大会を主催、800名を集めた。
12月、シンポジウムのゲストの筑波大学名誉教授村上和雄先生と医師土橋重隆先生と3人による講演会を福岡で開催、1000名を超える参加者を集めた。
2007年雑誌「致知」にて、村上先生・土橋先生との鼎談も掲載され、
以後全国各地で講演。


何度も転移のための手術を繰り返しながらも、
いつも明るく、笑顔で
「手術や薬ではなくて、感性論哲学でガンを治すんだから・・・」と話していました。

「芳村思風先生と出会い、感性論哲学と出会って、
人前で話したこともなかった専業主婦が、滋賀思風塾代表から
全国思風塾会長という仕事をしたり
講演会で話すようになったり、雑誌でも数多くとりあげられるようになった。
ガンとともに生きていくことで、同じような病気の方に
自分の経験を活かして、元気付けてあげたい。
ひとりでも多くの人に感性論哲学を、芳村思風先生を知ってもらいたい。」
といつも話されていました。


  
 芳村思風
感性論哲学創始者

思風庵哲学研究所
(思風会 事務局)
 
335-0004 
蕨市中央1-35-6-404
福島康司

 
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